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東京地方裁判所 昭和30年(ワ)1939号 判決

原告 藤沢袈裟治

右代理人弁護士 大園時喜

被告 第一信託銀行株式会社

右代表者 曽志崎誠二

右代理人弁護士 山崎丹照

被告補助参加人 岡本栄次

主文

被告は原告に対し、金三百万円及び之に対する昭和三十年十月三十一日以降完済に至るまで日歩六厘の割合による金員を支払え。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

被告銀行に訴外鵜沢正雄名義の普通預金として、被告主張のとおりの経過で預金の預入れ及び払戻しがなされ、現在元金として金三百万円が残存していること、右預金に対し被告及び補助参加人主張のとおり仮差押がなされたこと、同預金に対し、原告を債権者とし訴外鈴木良一及び同玉置政一を債務者とする債権差押並に転付命令が発せられ、原告主張の日に同命令が被告並に同訴外人等に送達され、又参加人を債権者とし訴外鵜沢正雄を債務者とする債権差押並に転付命令が発せられたことは当事者間に争いがない。

成立に争いのない甲第四号証、証人玉置政一、同鈴木良一、同中村由次郎、同鵜沢正雄、同河村春三、同石沢初枝の各証言並に原告本人尋問の結果と検甲第一乃至第三号証を綜合すると次のような事実が認められる。すなわち、訴外の医師鵜沢正雄は予ねてより都下鶴川村に精神病院の建設を計画し、その資金集めを当時右訴外人方に同居していた訴外玉置政一に一任したところ、訴外玉置は昭和二十九年八月頃鵜沢の印鑑を用い、同人名義で被告銀行に普通預金口座を設け、原告に対し同年九月頃被告銀行に所謂導入預金(金融機関より金融を受けるについてその裏付けとなる預金をすることで、預金者はその預入れによつて金融を得られた者から右預入れに対する謝礼ないし報酬を受けるのが通常であることは当裁判所に顕著である。)をして貰えば、被告銀行より鵜沢に対し融資が受けられるので、銀行の利息の外に鵜沢から月三分乃至四分の利息を支払うから被告銀行に記名の定期預金をしてくれと申入れたこと、原告はこれを承諾して同年十月二十九日、金二百五十万円を持つて玉置の指定した被告銀行の近くにある料理店「みごと」に行き、かねて玉置と共謀して被告銀行の貸付課長に成りすました前記鈴木に紹介されたので、同人に二百五十万円を藤沢ナツ名義で定期預金をしたい旨を述べ、被告銀行の応接間に赴いて鈴木の差出した印鑑簿に印を押し同人から藤沢ナツ名義の金額二百五十万円、期間三ヵ月、利息年四分の定期預金証書を受取つた上現金を鈴木に渡したところ、同人は右現金を茶の接待に出た給仕に預金するよう命じて持去らせたこと、又同年十一月十五日、原告は前記料理店において玉置立会の上現金八十万円を鈴木に渡し、同人から中村ツネ名義の金額八十万円、期間三ヵ月、利息年四分の定期預金証書を受取つたこと、更に同月二十六日、原告は被告銀行の応接室において鈴木、玉置等に会い、前同様印鑑簿に印を押し、鈴木から藤沢秀人名義の金額一千万円期間六ヵ月、利息年五分の定期預金証書を受取つた上現金一千万円を同人に渡し、同人は前同様給仕に命じてこれを被告銀行の係員に交付させたこと、右三回に亘る預金のうち金八十万円は被告銀行に入金された事実を認めるに足る証拠はないが、その余の各金員はいずれも鈴木が直ちに鵜沢正雄名義の普通預金通帳を利用して同人名義で預金したこと、右預金に際し、鈴木は同人が鵜沢の代理人であることを係員に告げなかつたし、鵜沢自身も右預金がいずれも自己の名義でなされていることを知らず、又自己名義で預金するよう鈴木或いは玉置に依頼したこともなく、しかも右鵜沢名義で被告銀行に預金された金員中には原告以外の者の預入金も含まれており、これらの場合も含めてその預入れはすべて鵜沢名義の普通預金通帳と印鑑により、鈴木、玉置によつてなされ、払戻しは玉置によつてなされたこと等が認められる。

前記認定事実によると、原告自身が被告銀行に定期預金をしようとする意思は被告に対しては表示されておらず、鈴木、玉置が共謀して偽造の定期預金証書を原告に交付して右金員を詐取した上、被告銀行に対して鵜沢名義の普通預金として預入れたのであるから原告と被告銀行の間には何等直接の預金契約は存在せず、従つて原告は本件預金者ではないと云わなければならない。

そこで本件のような普通預金の場合の預金者は如何にして決定されるかを先ず考えてみると、普通預金においては記名式預金通帳が発行され預金者の氏名は銀行に明かにされ、しかも多くは預金者名義人と預金者とは一致するのであるが、ときには課税を免れる等の目的で第三者或いは架空人の名義を使用する場合もあり、必ずしも預金名義人が預金者であるとは限らない。従つて預金者を決定するには当該預金を自己の自由に支配し得るものとして自己の意思に応じて預入れ又引出し得る者、すなわち、当該預金を支配し得る地位にある者として金融機関との間に明示又は黙示の了解のあつた者が何人であるかを明かにしなければならない。ただ金融機関としては預金名義人の預金通帳と印鑑を持参して支払を請求した者に善意で支払えば、その者が真の預金者でなかつた場合においても免責されるから通常の場合預金者が何人であるかを強いて探索する必要はないといえよう。ところで本件のように第三者のためにその者の名義で預金をした場合、その名義人が預金者であるというためにはその第三者と預金をした者との間に代理又は使者の関係の存在が要求されなければならないのであつて、もし両者間にそのような関係がない場合には当該預金は名義人の預金ではなくどこまでも現実にその預金をした者が預金者であるといわなければならない。本件において鈴木、玉置が鵜沢名義の預金通帳と印鑑を使用して預金の預入れ及び払戻しをしていたことにつき鵜沢は、鈴木、玉置に自己の名義で預金するよう依頼したのでもなく、しかも自己名義で右預金がなされていることを知らず、本件預金に自ら関与したことは勿論のことこれを自己の預金として利用しようとする意思もなかつたのであるから本件預金につき直接これを支配することも、又鈴木、玉置等を代理人として間接に支配することもないのであつて、同人を預金者と断定することはできないものといわなければならない。同人が玉置に病院建設資金の調達を一任したことは前認定のとおりであるが、であるからといつて玉置の資金調達のための行為がすべて鵜沢の代理行為と見ることはできず、前認定の事実から判断して玉置の本件預金行為は鵜沢の代理人としてなしたものではないとするのが相当である。

すなわち、本件預金は鈴木、玉置が鵜沢の病院建設資金として必要ある場合は同人等がその都度自由に引出し得る預金として預入れ、又現実にも同人等の意思によつて自由に払戻しがなされているのであるから本件鵜沢名義の預金契約はその当初より被告と鈴木、玉置間に成立したもので、本件預金は鈴木、玉置の預金と解するのが相当である。

而して右預金債権に対し、原告主張のとおりの差押転付命令が発せられ、送達されたことは当事者間に争いがなく転付命令が債権転付の効力を生ずるのは転付命令が第三債務者及び債務者に送達されたときと解すべきであるから本件預金債権は昭和三十年十月三十日原告に移転したものというべきである。そして金銭債権につき転付命令があれば原則としてその後に生ずる利息債権も共に債権者に移転すべきものと解するところ、被告銀行の普通預金の利率が日歩六厘であることは当事者間に争いがなく、被告及び参加人主張の本件預金債権に対する仮差押及びその後発せられた参加人を債権者、鵜沢正雄を債務者とする債権差押並に転付命令は本件預金債権が鵜沢に属しない以上その効力を生じないものというほかはない。よつて被告は原告の本訴支払請求に応ずべき義務あるものといわなければならない。

以上のとおりであるから原告の本訴請求は本件預金債権金三百万円及び之に対する原告を債権者、鈴木、玉置を債務者とする債権差押並に転付命令が被告及び鈴木、玉置に送達された日の翌日以降支払済まで日歩六厘の割合による利息の支払を求める限度においては正当として認容し、その余は失当として棄却すべく、仮執行の宣言はこれを附さないこととし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十二条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 三渕嘉子 裁判官 深谷真也 新谷一信)

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